福岡高等裁判所 昭和53年(行ケ)3号 判決 1979年3月30日
原告 後藤彌之助
被告 福岡県選挙管理委員会
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「一、昭和五三年九月一〇日施行の福岡県筑紫郡那珂川町長選挙における当選の効力に関する原告の審査申立に対し、被告が同年一二月二三日付でした審査申立棄却の裁決はこれを取り消す。二、右選挙における当選人大久保福義の当選はこれを無効とする。三、訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、請求原因として、
一 原告は、昭和五三年九月一〇日当時福岡県筑紫郡那珂川町の選挙人であつたものであり、同日以降も同町の選挙人の地位にある者である。
二 右同日に那珂川町の町長選挙が施行され、候補者大久保福義が四七九六票、候補者藤島正之が四六八五票を得票したので、同町選挙管理委員会は、同月一一日右大久保福義が当選人である旨の告示をした。
三 しかし、大久保福義は、昭和五一年六月二二日福岡地方裁判所において、次の各事実につき刑法一九八条一項に該当するとして、懲役一年の刑に処せられ、右刑の執行は右裁判確定の日である同年七月七日から三年間猶予された。すなわち、右裁判によつて確定された事実は、「大久保福義は、那珂川町議会議員で、昭和五〇年三月二五日に行われる同町議会議長選挙に際しては、議長候補者として当選を得ようと決意していたものであるが、
(一) 同年二月二〇日ころ、同町大字西隈字小柳一七七番地の一所在の同町役場前駐車場に駐車していた自己所有の乗用自動車内において、同町議会議長選挙に際してはその選挙権を行使する職務を担当していた同町議会議員結城金光に対し、同年三月二五日に行われる同町議会議長選挙には大久保福義に投票されたい旨の請託をなし、その投票の報酬として現金五万円を供与し、もつて結城金光の右職務に関して賄賂を供与し、
(二) 同年二月二八日頃、同町大字片繩六三八番地の一所在の那珂川自動車工業株式会社付近の国道上に停車していた自己所有の乗用自動車内において、同町議会議長選挙に際してはその選挙権を行使する職務を担当していた同町議会議員今村隆男に対し、前同様の請託をなし、前同様の趣旨の下に現金一〇万円の供与の申込みをなし、もつて今村隆男の右職務に関して賄賂供与の申込みをなし、
(三) 同年三月八日頃、福岡市南区大楠三丁目一番地所在の福岡赤十字病院付近の県道を走行中の前記乗用自動車内において前記今村隆男に対し、前同様の請託をなし、前同様の趣旨の下に現金五万円の供与の申込みをなし、もつて今村隆男の右職務に関して賄賂供与の申込みをなし、
(四) 同年三月八日頃、前記町役場二階の同町議会議員控室において、同町議会議長選挙に際してはその選挙権を行使する職務を担当していた同町議会議員真砂和に対し、前同様の請託をなし、前同様の趣旨の下に現金一〇万円を供与し、もつて真砂和の右職務に関して賄賂を供与した。」というのである。
大久保福義に関する以上の事実は公職選挙法一一条一項四号に該当するので、同人は、前記同町長選挙が執行された昭和五三年九月一〇日当時、被選挙権を有しなかつた。
四 そこで原告は、右当選の効力に関し不服があるとして、昭和五三年九月二二日、右町長選挙に関する事務を管理する那珂川町選挙管理委員会に対し異議の申出をしたところ、同選挙管理委員会は、同年一〇月二一日、右の異議申立を棄却する旨の決定をしその後原告に対し同決定書を交付した。
五 原告は、同選挙管理委員会の右決定に不服であるとして、同月三〇日、被告に対し審査申立をしたところ、被告は、同年一二月二三日、右の審査申立を棄却する旨の裁決(以下本件裁決という)をし、同月二六日、原告に対し同裁決書を交付するとともに、同裁決書の要旨を告示した。
六 よつて、原告は、本件裁決の取り消しと、前記那珂川町長選挙における当選人大久保福義の当選を無効とすることを求める、と述べ、立証として甲第一号証を提出(写を原本に代えて)した。
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、大久保福義が、原告主張の各犯罪事実によりその主張の日に主張どおりの執行猶予つきの刑に処せられた事実が公職選挙法一一条一項四号に該当するので同人は那珂川町長選挙が施行された昭和五三年九月一〇日当時被選挙権を有しなかつたとの点は争い、その余は認めると述べ、甲第一号証は原本の存在、成立ともに認めると述べた。
理由
一 「大久保福義が原告主張の各犯罪事実によりその主張の日に主張どおりの執行猶予つきの刑に処せられた事実が公職選挙法一一条一項四号に該当し従つて同人が那珂川町長選挙の執行された昭和五三年九月一〇日当時被選挙権を有しなかつた。」との点を除くその余の請求原因事実は、当事者間に争いがない。
二 原告は、当選人大久保福義に関する原告主張の贈賄の犯罪事実によりその主張の当時福岡地方裁判所において、右大久保が原告主張どおりの執行猶予つきの刑に処せられ右判決が原告主張の当時確定した事実が、公職選挙法一一条一項四号に該当する旨主張するが、右法条は、刑罰に処せられた者のうち選挙権及び被選挙権を有しないものの範囲として、「法律で定めるところにより行われる選挙、投票及び国民審査に関する犯罪により禁錮以上の刑に処せられその刑の執行猶予中の者」と明定しており、右規定は選挙権被選挙権の有無に関するものであり、ほしいままにこれを拡張解釈すべきものではないから、右に定められた犯罪以外の一般犯罪により禁錮以上の刑に処せられ、執行猶予の言渡しがあつた場合には、同条三号括弧書によつて選挙権及び被選挙権を失わないと解すべきである。然るに刑法上の贈賄罪は法律で定めるところにより行われる選挙、投票及び国民審査に関する犯罪に該当しない一般犯罪であり、この理は、刑法上の贈賄罪がたまたま公職選挙法による普通地方公共団体の議会の議員の選挙とひとしく公法上の選挙である普通地方公共団体である町の議会の議長選挙に際して犯されたときにも異なるものではない。蓋し右選挙は普通地方公共団体の議会内で行われる間接選挙であつて、一般国民を有権者として行われる直接選挙につき適用される公職選挙法による選挙(たとえば、普通地方公共団体の議員の選挙、普通地方公共団体の長の選挙など)又は技術的にこれに準ずべき公法上の重要な制度(たとえば、最高裁判所裁判官国民審査の投票、地方公共団体の議員の解職に関する住民投票など)であるとはいえないからである(公選法二条、一一条二項、二五二条参照)。してみれば、大久保福義は刑法上の贈賄罪により刑に処せられ、その執行を猶予されたものであるから、公職選挙法一一条一項四号の「法律で定めるところにより行われる選挙、投票及び国民審査に関する犯罪により刑に処せられた者」に当らないことは明らかであり、従つて同人は那珂川町長選挙が施行された昭和五三年九月一〇日当時被選挙権を有し、右選挙における同人の当選は有効であつたものというべきである。
三 よつて、被告のなした本件裁決は、正当であつて、違法の瑕疵はなく、原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 園部秀信 森永龍彦 土屋重雄)